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石川真生の旦那や子供に孫などプロフィールと経歴【ETV特集】

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「ETV特集」で写真家の石川真生さんを特集します。

 

沖縄にこだわって沖縄に生きる人々を撮影し続けている石川真生さん

どんな女性なのか気になります。

 

石川真生さんが結婚して旦那がいるのか?

子供や孫までいるのかなどwiki風にプロフィールを紹介します。

 

写真家としての石川真生さんの経歴について調べてみました。

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石川真生さんプロフィール

名前:石川真生(いしかわまお)

生年月日:1953年4月26日

年齢:65歳(20187年)

出身地:沖縄県大宜味村

職業:写真家

出典 https://blogimg.goo.ne.jp

 

65歳の現在も撮影をしている石川真生さん

金髪ヘアーでパワフルな感じです。

 

石川真生さんの出身高校が

沖縄県立小禄高等学校

 

高校を卒業されて大学に進学していません。

大学に進学せずに

ワークショップ写真学校「東松照明教室」に入学しています。

 

石川真生さんの幼少期は

平和条約が締結されてアメリカ軍の管理下に置かれた沖縄で育ちます。

 

この当時の沖縄って日本じゃなくてアメリカだったんですね。

ベトナム戦争の時期で沖縄はアメリカ軍の前線基地とされていたので

沖縄で生活していた人は常に戦争の恐怖があったそうです。

 

1972年に日本の領土となった沖縄ですが、

1971年には沖縄返還協定反対の10万人デモがあり

過激派と機動隊の攻防を見た石川真生さんはショックだったそうで

 

どうして沖縄人同士が殺し合うのか・・・?

沖縄が燃えていると思った後に

この沖縄の現状を表現したいっと思ったそうです。

 

これが写真家になるきっかけで

高校3年生の時の出来事

 

高校を卒業して2年後の20歳の時に

東京の写真家だった東松照明氏の写真学校に入学

沖縄から東京へ上京していました。

 

写真学校を卒業してから

沖縄県に戻って

沖縄の金武(キン)の街で黒人専門のバーのホステスとして働いていました。

 

ホステスとして働きだしたワケが

働いている女の子達が

凄い明るくてたくましく自由奔放だったことに興味を持ったからだそう。

 

およそ2年間黒人専門のバーでホステスとして働き

同僚やアメリカ兵の写真を撮影していました。

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石川真生さんの経歴

写真家としての石川真生さんの経歴ですが、

 

東京の写真教室を卒業して

沖縄に戻った石川真生さんは

黒人専門のバーのホステスとして働きだして

そのお店の同僚ホステスやアメリカ人兵士の写真を撮影していました。

 

1977年 「金武の女たち」写真展を東京で開催

1982年 「熱き日々、inキャンプハンセン!!」写真集を出版

1987年 「LIFE IN PHILLY」写真展を東京で開催

1989年 「フィリピン」写真展を沖縄で開催

     同時に「フィリピン」写真集を自費出版

1990年 「港町エレジー」写真展を沖縄で開催

     写真集「港町エレジー」を自費出版

1991年 「仲田幸子一行物語」写真展を沖縄で開催

     写真集「仲田幸子一行物語」を自費出版

1995年 「沖縄の自衛隊」写真展を沖縄で開催して全国を巡回

     写真集「沖縄の自衛隊」を高文研から出版

1996年 「沖縄の米軍」写真展を沖縄で開催して全国を巡回

     写真集「これが沖縄の米軍だ」を高文研から出版

1998年 「沖縄海上ヘリ基地」写真展を沖縄で開催して全国を巡回

     写真集「沖縄海上ヘリ基地」を高文研から出版

1999年 「日の丸を視る目」を大阪府で開催して全国を巡回

2002年 「琉球烈像-写真で見るオキナワ」を沖縄で開催

     写真集「沖縄ソウル」を太田出版から出版

2003年 企画展「記録と記憶のトライアングル/韓国、在日、沖縄を撮る10人の目」

     沖縄→大阪→東京→韓国と巡回

     企画展「KEEP IN TOUCH:POSITIONS IN JAPANESE PHOTOGRAPHY」を

     オーストラリアのグラーツ市美術館内で出品

2004年 企画展「ノンセクト・ラディカル 現代の写真Ⅱ」と

     企画展「永続する瞬間-沖縄と韓国 内なる光景」に「沖縄ソウル」を出品

2006年 「沖縄ソウル」写真展をアメリカ・ニューヨークで開催

     写真集「シマが揺れる」を高文研から出版

2007年 沖縄県立博物館・美術館開館記念展「沖縄文化の軌跡 1872-2007」に出品

2008年 東京国立近代美術館企画展「沖縄プリズム 1872-2008」に参加

2009年 沖縄県立美術館

    「アトミック・サンシャインの中へ-日本国平和憲法第9条下における戦後美術」に

    「OKINAWA]写真展が参加

2011年 「FENCES.OKINAWA」で「さがみはら写真賞」を受賞

 

沢山の写真集を出版して写真展も開催されていますが

琉球・沖縄の歴史を再現する「大琉球写真絵巻」も制作しています。

写真家人生を沖縄の状況を撮影し続けて

沖縄にこだわり続けています。

 

初めて出版した写真集は

沖縄の黒人専門バーで働く同僚やアメリカ兵の作品でしたが、

残念ならが当時のマスコミが

「アメリカ兵に体を売る女たち」という

偏見に満ちた取り上げ方をしたために

撮影された同僚の女性から抗議されて

写真集が封印される事になってしまいました。

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石川真生さんの旦那や子供に孫は?

沖縄にこだわって沖縄を撮影し続ける石川真生さんですが

家族構成はどうなんでしょうか・・・?

 

タレントや芸能人と違うので情報がすくないですが、

 

字初めての写真集が出版された当時

テレビ番組に出演していて

「自衛官と結婚して2歳の子供がいる」っと話していました。

出典 https://pixabay.com

 

全国放送だったので

旦那の職場で石川真生さんの過去がバレ

石川真生さんのベッドシーン写真が流出して

旦那さんが激怒して大騒ぎに・・・

 

石川真生さんの親から旦那さんは

「娘をとるか、自衛隊をとるか決めろ!」と迫られ

「妻をとる!」っと旦那さんが自衛隊を辞めたそうです。

 

最終的には、二人の関係が続かずに

旦那さんは地元の九州に戻り

子供は石川真生さんが引き取って離婚されたそうです。

 

自ら出版した写真集で

元同僚から抗議を受けたり

旦那が仕事を辞める事になったにも関わらず

写真家を辞めなかったのは、

一生写真家として撮り続ける事で責任を取ると決意したからだそうです。

 

それから数十年経過した

56歳当時の石川真生さんのブログには、

娘一人、孫4人、亭主なし

ボーイフレンドいっぱいの56歳独身女性と投稿されていました。

 

56歳の時点で娘がいて孫までいるって

若くしておばあちゃんになっていたんですね!

最後に

波乱万丈な人生を送られている写真家の石川真生さん

沖縄にこだわり続けて沖縄の現状を撮影し続けるパワフルな女性

 

ステージ4という重症のガンとの闘病をしている石川真生さん

 

初めての写真集出版の影響で旦那さんが自衛官の仕事を辞めて

妻を選んだのに最終的には離婚されていました。

 

二人の間には一人子供がいて

その娘さんには4人の子供がいるようです。

 

石川真生さんは還暦前におばあちゃんになっていました。

 

石川真生さんにはガンを克服して

もっと沖縄を撮り続けてもらいたいですね!

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