坂本道徳の経歴(職業)!軍艦島ツアーについて【激レアさんを連れてきた】

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【激レアさんを連れてきた】で坂本道徳(さかもとどうとく)さんが紹介されるので

経歴を調べてみました。

坂本道徳さんは軍艦島ツアーの専属ガイドさん

NPO法人の軍艦島を世界遺産にする会の理事長さんで

軍艦島を世界遺産にした人物なんですね!

現在は、軍艦島ツアーで専属ガイドとして

軍艦島(端島)の歴史や現状を語り継いで講演活動もしています。

坂本道徳さんのプロフィールや経歴

軍艦島を世界遺産にした理由や

坂本道徳さんがガイドをしている軍艦島ツアーについて調べてみました。

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坂本道徳さんプロフィール

名前: 坂本道徳(さかもとどうとく)

生年月日:1954年(月日不明)

年齢:64歳(2018年)

出身地:福岡県筑豊

学歴:長崎大学商業短期大学部中退

職業:軍艦島ツアー専属ガイド

出典 http://www.gunkanjima-tour.jp

NPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」の理事長として

軍艦島の世界遺産登録に貢献された人物

軍艦島ツアーのガイドを中心に

執筆や講演会活動を行っています。

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坂本道徳さんの経歴

福岡県筑豊で生まれた坂本道徳さん

坂本道徳さんのお母さんだけが「みちのり」と呼んで

他の人達は「どうとく」と呼ぶんだそうです。

炭鉱勤務の父親の関係で

小学校6年生で軍艦島(端島)で暮らし始めています。

1890年から本格的に石炭の発掘が開始された軍艦島(端島)

軍艦島の石炭は凄い良質で日本の近代化を支えた炭鉱の一つ

1960年には5300人ほどの人が暮らしていて

当時の人口密度が世界一で東京の9倍以上だったそうです。

軍艦島の大きさが横480メートルで縦160メートルと小さいのですが、

病院・学校・寺院・神社・派出所・映画館・理髪店と

島内で不自由のない完璧な都市として成り立っていましたが

島の半分以上が炭鉱で残りの土地に全ての施設があったために

建物と建物の間が凄い狭ったそうです。

軍艦島に始めて訪れた坂本道徳さんが

すげー都会って感じたのはこの街並みだったんですね!

島一番のアパートは300所帯が入居していたそうですが、

部屋の大部分が二間で8畳と6畳タイプか

4.5畳と6.畳タイプ

風呂・洗濯・トイレが共同

坂本道徳さん一家は親子5人で暮らしていたそうです。

ベランダを部屋に改造したりして狭い生活空間を効率よく快適に

工夫して住みやすくしていたそうです。

狭い環境だったからこそ住人同士のコミュニケーションが密で

みんな仲が良かったそうです。

軍艦島での引っ越しは点数制で決められていたそうで

簡単に引っ越しできないシステムだったそうですが、

坂本道徳さんは8年間の暮らしで3回引っ越しをしたそうですが

最後まで共同トイレだったことで

ゆっくり自宅のトイレを使うのが夢だったそうなんです。

軍艦島(端島)での暮らしは軍艦島ツアーで

坂本道徳がガイドとして詳しく説明してくれるようです!

坂本道徳さんは軍艦島内にあった長崎県立高島高校を卒業して

長崎大学商業短期大学部へ入学

しかし翌年に中退して東京のコンピューター関連の会社に就職

1982年に長崎市でパソコン教室を開講しました。

1992年 四半世紀ぶりの同窓会で軍艦島(端島)を訪れて

荒れ果てていく島の現状を見てショックを受けて

どうにか保存できないかと考えたそうです。

そして「軍艦島が産業廃棄物処理場になる」という事実をしった坂本道徳さん

軍艦島(端島)世界遺産登録の活動を始めたそうです。

当初、周囲の人は誰も相手にせず

取り合ってくれなかったのですが、

ホームページを開設したり

世界遺産登録の著名の提出や

自費で写真集「軍艦島」失われた時を求めてを出版

2003年には特定非営利法人軍艦島を世界遺産にする会がNPOで認証されて

全国各地で開催される世界遺産シンポジウムという

世界遺産の価値を校内外に発信するフォーラムに多数参加して

軍艦島の世界遺産登録をアピール

海外のメディアからの取材に協力など

めげずに坂本道徳が軍艦島(端島)の存在を訴え続けた結果

2015年にようやく世界遺産へ登録となりました。

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坂本道徳さんが軍艦島を世界遺産にしたワケ

現在、無人島の端島が軍艦島と呼ばれるのは

長崎港から見た島がまるで軍艦にそっくりなことからつけられたそうです。

海底炭鉱として栄えた軍艦島(端島)

大正時代に日本で初めての鉄筋コンクリートのアパートが建設されました。

しかしエネルギーが石炭の時代から石油の時代に移行して

1974年に炭鉱が閉鎖されて島から働いていた人が離れていきました。

坂本道徳さんが軍艦島の荒廃しているだけが

世界遺産登録を目指したワケで初めてはありませんでした。

軍艦島というよりも炭坑を語り継がないといけないと思ったのが

世界遺産登録を目指したワケだったようです。

炭坑で働く厳しさを物語っているのが

軍艦島(端島)で犠牲になった人が記録されているだけで215名

地下1000メートルの場所で2.5キロ先まで掘り続けた炭坑は

気温39度で湿度が90%と悪条件での労働

この条件下で働いていた人たちがいたからこそ

現在の自分や日本がある。

更に、地球は運命共同体で資源は地球のものなのに

人間が資源を搾り取っていて

搾り取った後が軍艦島の風景で未来を先取りした風景になっている

だからこそ世界遺産にして皆に見てもらい

軍艦島の風景が未来にならないようにしたいという坂本道徳さn

軍艦島で暮らしていた人たちが世界遺産になることを希望してるのではなく

エネルギー革命で石炭産業が切り捨てられた。

この革命の影響を受けたのが当時の島民何だという事を

忘れてもらいたくないからなんですね!

坂本道徳さんは軍艦島ツアーのガイドだけでなく

自費出版した著書で軍艦島の歴史を物語っています。

坂本道徳さんの軍艦島ツアーのガイド

一度は訪れてみたい世界遺産の軍艦島

軍艦島への行き方ですが、

1時間半の飛行機で東京・大阪・神戸・名古屋などから長崎へ

長崎空港からバスで30分ほどで長崎市内へ

長崎港(常盤2号桟橋)から船にのって軍艦島へ到着

長崎港から軍艦島へ行く船は

「株式会社シーマン商社」

株式会社シーマン商社が運営しているツアーが軍艦島ツアー

長崎港から出発した船は日本一の65メートルの橋げたの高さの女神橋をくぐって

高鉾島・神の島・岬のマリア像・伊王島・高島をクルージングして軍艦島に到着

そこで坂本道徳さんが軍艦島の専属ガイドとして

炭坑時代の軍艦島の生活や歴史や建物を説明してくれます。

でも常に坂本道徳さんがガイドしてくれるワケではないようなので

軍艦島ツアーを運営している株式会社シーマン商社に問い合わせてください!

軍艦島ツアー

軍艦島内のガイドが終わると軍艦島周遊クルージング

島を周遊して裏側から島内で見れなかった建物を見物

島の裏側からの眺めが軍艦らしく見えるそうです。

軍艦島と呼ばれるきっかけとなった軍艦「土佐」に似た姿が見えるそうです。

軍艦島ツアーの料金は

大人3900円・中高生3100円・小人1900

軍艦島ツアーのホームページには300円割引チケットがあって

割引チケットを印刷して持参すると300円割引になるそうです。

でも、軍艦島に上陸して施設を見学するのに

一般(中学生以上)300円・小学生の児童150円がかかるそうです。

ツアーの出航時間は1日2回 午前10時30分と午後1時40分

ツアーの所要時間がおよそ2時間半

ツアーの予約はこちらのサイトからできます。

軍艦島ツアー

楽天トラベルでも軍艦島ツアーがありました!

軍艦島ツアーだけでなく

客室やレストランから軍艦島が見られるホテルに宿泊

夕日がホテルの前に沈む風景を客室や大浴場から鑑賞できるそう

最後に

軍艦島での生活体験がある坂本道徳さん

故郷の軍艦島が産業廃棄物処理場となるのを防いだだけでなく

世界遺産として残した行動力が凄いですね!

諦めずに軍艦島の知名度を上げる行動を継続して

現在では軍艦島ツアーのガイドとして

炭坑の厳しさや資源を絞り取った後というのが軍艦島

その風景が未来にならないようにと

当時の生活や歴史を語り継いでいます。

一度は軍艦島ツアーを体験して

坂本道徳さんのガイドを聞いてみたいですね!

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