松本サリン事件で河野がなぜ犯人に?現在の職業や妻や子供について

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長野の住宅街で発生した松本サリン事件で犯人扱いされた河野義行さん

1994年6月27日に起きたオウム無差別殺人事件で死者8名・重軽傷660名

事件発生直後に被害者の一人なのに犯人扱いされたのが

元会社員の河野義行さん

なぜ被害者だった河野義行さんが犯人扱いされたのでしょうか?

事件から20年以上たった現在の河野義行さんの職業や

妻や子供達の現在について調べてみました。

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松本サリン事件でなぜ河野義行さんが犯人扱いされたのか?

1994年6月27日に発生した松本サリン事件

長野県の松本市の住宅街の夜に

住民が息苦しくなって救急車で病院へ運ばれました。

事件発生直後の犠牲者が7名

事件当日の深夜や早朝にかけて亡くなられていますが

死因となった物質が判明しなかったことから

その物質の発生原因が自然災害か事故か犯罪かもわからない状態でした。

松本サリン事件がオウム真理教の犯行と判明するまでにおよそ1年

それまでに犯人として疑われたのが河野義行さん

河野義行さんが松本サリン事件の第一通報者だったんです。

事件の翌日には河野義行さん自身も被害者の一人にも関わらず

警察が家宅捜査を始めました。

警察には事件当日に河野義行さんの家の庭にある池から

白い煙が出ていたという情報があった事

松本サリン事件が有毒ガスによる犯行という事

河野義行さんが薬品類に詳しく自宅に薬品類があった事

河野義行さんの奥さんがサリン中毒で重体になった事

河野義行さん本人も有毒ガスの影響で入院した事などで

犯人扱いをされていました。

入院中にはマスコミの多数の記者が病院に押しかけて

退院した後には連日自宅を取り囲むマスコミの記者

自宅の電話は取材依頼や嫌がらせ

脅迫状まで届いて河野義行さんはパニック状態だったそうです。

退院した河野義行さんは無実を訴える記者会見を開いて

松本サリン事件に関与していないことを訴えたのですが、

当時の警察やマスコミは一切信じていなかったんですね!

第一通報者で薬品の知識があったというだけで

犯人として疑われたってしかも奥さんは重体で入院中

本人も軽症でしたが影響を受けていた状況で

さぞかし辛い思いをされたんでしょう。

自らの無実を訴えるために

有毒物質に詳しい森教授と事件の検証をしたそうです。

当時、河野義行さんの薬品の知識と所持していた薬品でサリンを作れるのか?

河野義行さんの家の池でサリンが発生したと仮定して

松本サリン事件と同じ被害が起きるかを

事件当日の天候に風向きを調べたそうです。

その結果

河野義行さんが所持していた薬品と彼の知識ではサリンを作る事が不可能

もしサリンを製造できたと仮定して

河野義行さんの家の池から発生したとしても

松本サリン事件と同じ被害にはならないというものでしたが、

当時のマスコミや警察には無意味な検証だったようで

信じてもらえない状態が続いていたのです。

松本サリン事件から9ヵ月後に発生した地下鉄サリン事件

地下鉄サリン事件でオウム真理教の麻原彰晃や幹部が逮捕されました。

逮捕されたオウム真理教の幹部の供述によって

ようやく松本サリン事件がオウム真理教の犯行と判明

松本サリン事件からおよそ1年後に

ようやく河野義行さんの無実が認められたのでした。

地下鉄サリン事件でのオウム真理教の幹部の供述から

警察が松本サリン事件の見込み捜査を認めて

国家公安委員長が河野義行さんに謝罪

マスコミも犯人扱いした報道について謝罪しました。

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河野義行さんの現在

松本サリン事件が発生してからおよそ1年間の間

犯人扱いされた河野義行さん

地下鉄サリン事件が発生してようやくオウム真理教の犯行と判明して

無実を認められました。

松本サリン事件の犯人扱いされて無実が証明されてから

現在に至るまで犯罪被害者支援を訴えています。

被害者には第一に経済的な被害があってその一つが治療費

河野義行さんの場合には、

河野義行さんの妻の澄子さんがサリン中毒で低酸素脳症となり

意識が戻らずに寝た切り状態でした。

河野義行さん自身も軽症でしたが入院していましたが、

入院1週間で300万円の請求がきたそうで

松本サリン事件から10年間の自己負担額が2000万円を超えたそうです。

この経験から「NPO法人リカバリー・サポート・センター」の設立に関わって

犯罪被害者への支援を訴えていて

河野義行さんは犯罪被害者保険制度の確立が必要としています。

犯罪被害者保険制度で保証金が確保できるシステムが存在すれば

加害者を憎むようなことがなくなると考えているようです。

事件発生後から現在に至るまで

全国各地で講演活動を行っている河野義行さん

講演の内容が当時の警察の取り調べやマスコミ報道の状況を語り

自分の経験からマスコミや警察の在り方を訴えています。

報道被害の防止や救済を講演で訴えているようです。

講演活動だけでなく作家として著書でも

事件の再発防止や報道被害の防止を訴えています。

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河野義行さんの妻や子供の現在

河野義行さんの家族も当時はかなりつらい思いをされたでしょうね!

犯罪者の家族として世間から冷たい視線を集めていたでしょうから・・・

しかし河野義行さんの妻の澄子さんは

サリン中毒の影響で低酸素脳症となってしまい意識が戻ることがなく

事件発生から14年経過した2008年に亡くなられています。

河野義行さんには3人の子供さんがいて

真澄さん(長女)

仁志さん(長男)

真紀さん(次女)

2006年の時点で

長女の真澄さんは京都の大学院で植物系統分類学を専攻して博士論文の仕上げ段階

長男の仁志さんは東京の青果卸販売会社に就職して4年目

次女の真紀さんはタイの首都バンコクでタレントとして活動

河野義行さんの3人の子供の現在の職業については不明でしたが

長男の仁志さんは河野義行さんの妻の澄子さんが亡くなった翌年に

父親が一人になった時に実家に戻って職探しをしていました。

河野義行さんは妻の澄子さんが亡くなった後に

鹿児島市に引っ越しした後には霧島市の海の近郊へ引っ越し

現在は愛知県豊橋市で一人で暮しているようです。

最後に

松本サリン事件で犯人扱いをされた河野義行さんについて

なぜ犯人にされたのか?

現在の職業や家族について調べてみました。

河野義行さんが犯人として疑われたワケが

薬品の知識があり自宅に数種類の薬品があった

事件当日に河野義行さんの庭の池から白い煙が上がっていたという情報

事件の第一通報者だった事

地下鉄サリン事件が発生してオウム真理教の犯行と判明するまで

およそ1年間、無実が証明される事がありませんでした。

この辛い経験から現在では報道被害の防止や犯罪被害者について

講演や著書で訴える活動をされています。

河野義行さんの講演や著書の訴えで

二度と松本サリン事件のような悲惨な事件が発生しないことを願いたいです。

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