益田祐美子の経歴(旦那や娘)映画プロデューサーになったワケが凄い!

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【激レアさんを連れてきた。】で益田祐美子さんが出演します。

益田祐美子さんは映画プロデューサーなんですが、

娘さんの為に普通に主婦してた映画ド素人の益田祐美子さんが

映画製作に挑戦したのが始まりという凄い人物

益田祐美子さんのプロフィールや経歴に旦那さんや娘さん

映画製作資金をどうやって集めたのか?など調べてみました。

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益田祐美子さんのプロフィールや経歴

名前:益田祐美子(ますだゆみこ)

生年月日:1961年(月日不明)

年齢:57歳(2018年)

出身地:岐阜県高山市

学歴:金城学院大学

出典 http://www.newstokyo.jp

大学の卒業論文が商品研究大賞を受賞

新婚旅行費用の為に応募した通産省エネルギー大賞で優秀賞を受賞と

学生の頃から優秀だった益田祐美子さん

旦那さんが東京に転勤となtって時間が空いて何かやろうと考えていた時に

ある月刊誌に新商品開発と消費者の立場に立った生活情報を紹介する記者を

オファーされて始めたそうですが、

仕事を始めて一ヵ月で会社が倒産の危機に

益田祐美子さんは旦那さんの給料があればOKだった状況で

月刊誌の給料はいらないから記者を続けされてもらって

新商品と企業の取材を続けたそうです。

益田祐美子さんの記事が是は是・非は非とはっきりした記事だったそうで

記事を書き続けているうちに医療用具や化粧品メーカーのスポンサーが

つくようになったそうで、倒産危機にあった会社が

2年間で3000万円ほどのくろじに転換して

会社組織になった出版社から株を半分もらったそうで、

その貯金額が3000万円あったのが

初めての映画「風の絨毯」の原資になったそうです。

普通の主婦から映画プロデューサーに転身して

現在は株式会社平成プロジェクトの代表取締役社長

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益田祐美子さんの映画製作のきっかけ

普通の主婦だった益田祐美子さんが映画製作をすることになったきっかけが

2004年4月に当時小学生4年生だった娘さんが

映画のオーディションに合格

益田祐美子さんはステージママとして娘さんの付き添いをしたそうです。

でも映画の内容が親が不倫して子供が耐えるというもので

娘さんが突然「こんな映画いや!降りる!」と言い出したそうです。

ステージママだった益田祐美子さんは

映画関係者に迷惑をかけるので

娘さんに「ママの貯金であたなが主役の映画を作ってあげるから

この映画だけはやり通しなさい」と説得

娘さんが映画が完成した時に

「私との約束どうなった?」った聞かれて

娘さん主役の映画を作る事になったそうです。

娘さん主役の映画の資金が

月刊誌の会社の株の3000万円

映画を作る為に東宝や東映など有名な映画会社に出向いたそうですが、

経験がないという事で門前払い

日本では無理と思っていた時に

子役が主役のイラン映画がアカデミー賞外国映画賞を受賞した事を思い出して

イランに飛んだ益田祐美子さん

アカデミー賞外国映画賞を受賞した監督にあって

「子供が主役で文化を縦軸にする映画を作りたい」と話して

その場で契約して契約金を置いて帰ってきたそうです。

凄い行動力と決断力ですね!

映画の予算がなんと1億5000万円までに膨れ上がってスポンサー探し

不足した映画製作資金の1億5000万円もスポンサーを見つけたんですね!

その時のエピソードを益田祐美子さんが出版しています。

この初めて制作した映画がイランの映画賞を総なめにしたそうです。

「風の絨毯」に出演した三国廉太郎さんが

「娘さんとの約束で映画をつくったのかもしれないけど

せっかくできた人脈を大きく広げて深くしていくためには

もう1本。3本はつくってみたらどうか」と提案されて

2作目の映画「平成職人の挑戦」というドキュメンタリー映画が

文化庁の優秀映画賞を受賞

3作目の映画「海峡をつなぐ光 玉虫と少女と日韓歴史ロマン」

教科書では教えない歴史の事実を映像にした映画

益田祐美子さんの映画製作に対して

ある証券会社がファンドを作ってくれて

最低限の資金を集めれば映画製作ができるようになったそうです。

4作目以降の益田祐美子さんの映画作品が

・李藝 最初の朝鮮通信使

・瀬戸内海賊物語

・シネマの天使

・サンマとカタール~女川つながる人々

・ハイヒール革命!

・こいのわ 婚活クルージング

・一陽来復 Life Goes On

・ソローキンの見た桜

娘の為に初めて製作した映画から11本の映画を製作するまでになっています。

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益田祐美子さんの旦那さんや娘さんが凄い

娘さんが映画のオーデションに合格してステージママとなり

最終的には映画プロデューサーとなった益田祐美子さん

その娘さんの為に映画製作をすることになった益田祐美子さんですが、

旦那さんは映画製作を反対していたようです。

旦那さんは映画は危険!

家をとられるかもしれないし家庭が崩壊するからやめろと

ずーっと言われていたそうです。

そんな映画大反対の旦那さんがサポーターに転身したのが

娘さんがいった事でした。

「風の絨毯」のオーデションの最終審査前に娘さんが話があると・・・

娘さんがオーデションを棄権する

この映画がママがプロデューサー

もし私が主役になれば贔屓されたと思われるし

落ちたら私もママも嫌な思いをするから・・・

ママは審査でいい子を選んでほしい

私は裏方で手伝うからいい映画にして絶対ヒットさせてと・・・

これを聞いた旦那さんは涙を流して

映画反対だった態度から

日常の買い物や料理に休日には掃除もしてくれるようになったそうです。

益田祐美子さんの娘さん素晴らしいですね!

娘さんのオーデション棄権の話で

旦那さんも応援してくれるようになったのですから・・・

出演した俳優の三国廉太郎さんも

益田祐美子さんは凄い。何が凄いって旦那が凄い。感謝しなさいと

娘さんは

ママにはいろんな人が協力してくれる

ママには何も能力がないから能力がある人が

自分が助けてあげなきゃって思って助けてくれてるから

その事をわすれちゃだめだよ!と言っているそうです。

素晴らし家族に恵まれたからこそ

映画プロデューサーとして活躍できるんですね!

最後に

普通の主婦から映画プロデューサーとなった益田祐美子さん

娘さんとの約束で娘さんを主役にした映画を制作する事が

映画プロデューサーとなったきっかけでした。

現在は会社の代表取締役社長として

映画製作を続けている益田祐美子さん

今後の活躍が楽しみですね!

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