乾和哉の経歴(妻・子供)ケニア秘境で自給自足の理由とは?

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【世界ナゼそこに日本人】で乾和哉(いぬいかずや)さんが紹介されます。

乾和哉さんはケニアの秘境のエブル村に住む日本人

乾和哉さんがケニアの秘境で自給自足の暮らしをしているんです。

なぜ乾和哉さんが遠いアフリカのケニアでしかも秘境の山村エブル村で

自給自足の生活をしているのか?

乾和哉さんのプロフィールに経歴や

結婚して嫁さんや子供がいるのか?について調べてみました。

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乾和哉(いぬいかずや)さんプロフィールと経歴

名前:乾和哉(いぬいかずや)

生年月日:1968年7月27日

出身地:東京都

中学校卒業まで日本で暮していた乾和哉さん

中学校の頃にはグレていたそうです。

乾和哉さんが人生の師と仰ぐのが佐藤さんと横田さん

二人が営むバーに惹かれてドアを開けたそうです。

お酒を飲まないという条件で店内に招かれて

いつしか様々な悩みを聞いてくれて

理解してくれる唯一の存在だったそうです。

中学生をバーに招きいれた佐藤さんと横田さん

乾和哉さんが凄いグレてたのが一発で分かったんでしょうね!

中学を卒業して16歳で

父親の転勤でアメリカに移住

ニューヨークの高校に転校して高校を卒業

高校卒業後にはテネシー州の大学に入学して卒業

大学卒業後にはニューヨークで就職

ICA(国際協力機構)の職員として勤務していました。

乾和哉さんが就職したJICA(国際協力機構)というのが

開発途上地域の経済や社会の発展に寄与して国際協力の促進が目的の団体

青年海外協力隊のような団体ですね!

JICA(国際協力機構)の職員として

アフリカ各地で活動していた乾和哉さん

その中でケニアに赴任して

ケニアの自然の美しさに魅了されたそうです。

16歳でアメリカに移住して14年後の29歳で単身日本に帰国

日本に帰国したのは14年間のアメリカ生活で

日本のお菓子や本にテレビなど日本文化から離れて暮らしていて

日本の全てが恋しくなったからだそうです。

日本に帰国した乾和哉さんは東京で一人暮らしを始めました。

銭湯でゆっくりして一杯飲んだりして時間を過ごし

時間のある時には温泉巡りをして日本の生活を満喫していたそうです。

東京での一人暮らしを3年間満喫してから

再度アフリカに赴任して東アフリカのウガンダ・エチオピアなどで働いていました。

そして自然の美しさに魅了されたのがケニア

乾和哉さんが40歳の2007年に

ケニア人女性のエスターさんと出会って結婚して

ケニアで暮らしていく事を決意したそうです。

ケニアで生きていく事を決意した時には

漠然とした夢があった乾和哉さん

乾和哉さんの夢というのがケニアで温泉宿を経営する事だったんですね!

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乾和哉さんの嫁や子供

乾和哉さんがケニアで暮らす事を決意したのが

ケニアで出会った女性エスターさんと結婚した時

乾和哉さんのお嫁さんはケニア人なんですね!

2016年から温泉地となる土地探しをケニアで始めた乾和哉さん

3ヵ月で5千キロという距離をテント持参で走行して温泉地を探していたそうです。

そしてケニア中央の地熱発電所があるリフトバレー州のエブル村を発見

ようやく見つけた理想の土地がエブル村だったんですね!

この村は火山性の噴気孔が村の周辺に沢山吹き出ていて

高速道路からのアクセスがあり山奥でアフリカの絶景が見渡せる村だったのです。

ケニアの秘境にあるエブル村で

素晴らしいアフリカの温泉とエブル村の山暮らしを満喫してもらいたいと

エブル村での温泉宿開業を目指しました。

しかしケニアは外国人が個人として土地を購入出来ないので

嫁のケニア人のエスターさんと共同で会社を設立して

土地の取得や温泉施設の建設を進めたんだそうです。

しかし嫁さんのエスターさんが

結婚してから10年後の2017年に突然亡くなってしまったのです。

乾和哉さんは嫁さんが亡くなった時にはエブル村にいて

嫁さんの死に立ち会えなかったんだそうです。

ようやく温泉施設建設の土地を購入して建設を始めていた矢先に

嫁さんの突然の死によって温泉施設建設が降り出しに戻ってしまったそうで

温泉プロジェクトを続けるか中断するかの決断をしないといけない状態に

そんな時にふっと

「この事業を自己の利益の為でなく人に尽くすために起こせば必ず成功する」

という言葉がよぎったそうです。

この言葉が急死した嫁さんからのメッセージと思った乾和哉さん

この時からプロジェクトが上手い方向に動き始めたそうです。

嫁さんが乾和哉さんの夢を助けたかったんでしょうかね?

お嫁さんの急死という悲劇で

温泉施設建設が中断しかけましたが、

急死した嫁さんの助けなのか

温泉施設建設が続行されるようになりました。

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乾和哉さんの夢・温泉宿のワケ

乾和哉さんって凄いお風呂好きなんだそうです。

アメリカに移住して暮らしていた時には

バスタブにお湯を入れてお風呂を楽しんでいたそうです。

日本に帰国した時には銭湯や温泉にいって時間を過ごしていました。

アフリカで温泉宿を経営したいと思ったのが

ドイツ人経営のゲストハウスの体験があったからなんだそう。

このゲストハウスには電気も水道もないのになぜか居心地が良かったんだそう。

鶏の鳴き声が目覚まし時計で新鮮なタマゴで朝食

自給自足で栽培している野菜を食べて

肉は飼育しているヤギや鶏という暮らし

週末の休暇で大自然で過ごして

「この世界には何かがある大事な気づきをくれる何かがある」と思ったそうです。

乾和哉さん自身もゲストハウスを経営したいと思い

日本人という特徴を生かしたゲストハウスで

村の活性化ができないかと考えたそうです。

そこでお風呂好きな乾和哉さん

温泉大好き日本人として温泉施設を建設して宿を経営して

温泉の良さを伝えながら訪れるお客さんを巻き込んで

村おこしをしたいと温泉施設建設となったそうです。

ケニアで温泉施設を建設して温泉宿を経営という計画ができたのですが、

温泉地となる土地探しから凄い苦労がありました。

3ヵ月の間テント持参で車で5000キロの距離を走行して温泉地探し

とんでもない距離を走ってようやく見つけた土地がエブル村

火山地帯のエブル村では地下熱で発生する蒸気がいたるところから噴き出していて

山奥にあるエブル村からはアフリカの絶景が見渡せるという

温泉地として理想の土地だったそうです。

でもケニアでは外国人が土地購入できない事から

嫁さんと共同で会社を設立して土地購入や温泉施設建設の交渉

やっと事業がスタートという矢先には

嫁さんの突然の死という悲劇が・・・

それでも嫁さんの供養になると温泉施設建設を続行している乾和哉さん

乾和哉さんがケニア秘境で自給自足のワケ

温泉施設建設を始めた乾和哉さんですが

建設に関して素人の乾和哉さん

しかもケニアと外国での土地購入や契約・建設許可や営業許可と

思うように事業が進まなかったそうです。

温泉建設中は収入がない状態で

1500万円あった貯金が2年間で500万円までになったそうです。

せっかくうまれてきて自分のやりたいと思った事をやれるチャンスを得られ

ここまでこれた。後戻りはできない。死ぬまでやる覚悟!と

決意の固い乾和哉さん

建設資金を節約する為に建設業者に依頼しないで

手作りで温泉宿を建設する事に

建設の素人の乾和哉さんはインターネットで調べながら

電気や水道のない場所で温泉施設建設をしています。

現地の素材を利用して建設する事にこだわり

村の人々を雇って温泉宿を建設しているそうです。

エブル村での温泉施設建設だったのですが、

温泉の源泉が公共の場所になっていた事から

エブル村の噴気孔でサウナ施設の建設に転換したそうです。

エブル村の中心から離れた場所にあって噴気孔があり絶景の場所

有毒ガスがないかは乾和哉さんが実験台になって確認したそうです。

現在はサウナ小屋を建設

このサウナが温度40℃と低温サウナですが20分もいれば汗だくになるそうです。

村での暮らしは歩いて1時間の場所までサボテンの実を収穫して食べて

自給自足の生活をしているそうです。

温泉宿オープン予定が2018年10月か11月だったのですが、

様々なトラブルがあったのでオープンはもう少し伸びそうですね!

最後に

ケニアの秘境の村エブル村で温泉宿を建設して

村おこしを実現する為に奮闘している乾和哉さん

ケニア人の嫁さんと出会い結婚してケニアで暮らす事を決意

ケニアで暮らしていく為に温泉宿建設を始めました。

建設当初に嫁さんが急死したのですが

嫁さんの供養の為にも事業を成功させようと温泉宿オープンを目指しています。

ケニアで乾和哉さんが温泉宿をオープンしたら

一度は訪れて大自然の絶景を眺めながら

温泉でゆっくり過ごしてみたいですね!

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